灯火の先に 第11話


「いいから急げ!」
「一体何があったというんだC.C.!」
「どこかの馬鹿が、ここに失明したゼロがいる事を漏らしたんだ!」

血相を変えて掛けてきたC.C.の言葉に、三人は言葉を無くした。
ゼロが失明している事を知っている人数はそれなりにいるが、ゼロであるスザクをサポートするようギアスを掛けられた医師や看護師、あるいは騎士団員ばかりだ。
あの現場に残った仮面の破片、そして血痕から目あるいは顔面を負傷した事は漏れ出てしまっていたが、あまり重要視はしていなかった。影武者が立てば、その程度の噂すぐに消えることがわかっていたから。
だから問題は、ゼロであるスザクがここで養生している情報が漏れた事。
悪逆皇帝の忠臣が経営する農園にいることが知られたこと。

ゼロがここにいる事を知るのは6人。
シュナイゼル・ロイド・そして影武者は絶対に漏らさない。
となれば後は三人に絞られるが、今それを考えている暇はない。

「まだ世間に大々的に知られたわけではないが、少なくても超合衆国の代表達は知っている。手負いとはいえ、ゼロを自分たちの手元に置くために動きだした」

ナナリーも、カグヤも、スザクを手に入れるため、すでに動き始めた。
だから、時間が無い。
まだゼロがスザクだと言う事も、ゼロレクイエムの真相も気づかれてはいないが、スザクが生きていてゼロであった事がばれてしまえば全てが終わってしまう。

現在のゼロは影武者。
表立って姿を現していないが、本物のゼロは別の場所にいる。
だから本物のゼロを自国に招き入れ・・・いや、誘拐してでも、監禁してでも手に入れ、英雄の持つ権力を手中に収めようとしているのだ。
ゼロを求める彼らの発言は、どれもこれも綺麗事ばかり。
だが、欲が見え隠れしているのを見逃すほどこちらは甘くはない。

「どうするつもりだC.C.」
「ここにいては捕まるだけだ。スザクは連れていく」
「では、私も共に」
「私も行く」

二人はここまで手をかけたオレンジ農園を捨てる覚悟で共に来ると言ったが、C.C.は首を振った。

「いざとなれば手を借りることもあるだろうが、今は私達三人だけで逃げたほうがいい。特にジェレミアは目立つ」

外す事の出来ない仮面をつけた人間を連れて歩けば即見つかる。

「私たちだけなら変装して誤魔化せる。お前たちはすぐに屋敷中を清掃し、スザクも私たちもここにはいなかった事にするんだ」

あの噂話自体が妄想で、ゼロはここにいなかったと。
あるいは数日は滞在したが、すぐに出ていったという事にする。
この情報を手に入れた時点で昼食は放棄し、荷物をまとめているが、掃除までは手が回らない。できれば髪の毛一本だってここには残したくないのだ。せめて1日でも猶予があればよかったが、既にあいつらはこちらに向かってきている。
あまりにも時間がない。
慌てて4人が戻って来た時には、最低限ではあるが三人分の手荷物を車に詰め込んでいる姿が見えた。

「C.C.様、スザク様、お急ぎください。ジェレミア様、アーニャ様」
「・・・っ、確かに任された。皆が滞在していた痕跡、全力で消して見せる!」
「掃除頑張る。・・・咲世子、どこに向かうの?」
「最初に来るのはブリタニアでしょうから、まずはネオ・ペンドラゴンに向かいましょう」

あのフレイヤでの被害で首都ペンドラゴンは壊滅的なダメージを受けた。修復不可能となった都市は放棄し、新たな首都として作られたのがネオ・ペンドラゴンだ。今ではペンドラゴンといえばネオ・ペンドラゴンを指し、嘗てのペンドラゴンは旧ペンドラゴン跡地と呼ばれている。

「どうしてペンドラゴンに?捕まりに行くようなものじゃないか」

席に座りながらスザクが尋ねると、だからこそですと答えが返ってきた。

「ナナリー様も、自分たちの手から逃げる事はあっても、懐に飛び込んでくる事はないと考えていると思われます」

逃げるなら遠くへ、国外へ。
それが人の心理だ。
空港や港に行けば、あっさりと捕まってしまう。
シュナイゼルが追う側ならペンドラゴンも押さえるが、シュナイゼルはゼロを逃がす側の人間だから、道を切り開く事はあっても塞ぐ事はしない。

「ペンドラゴンへ向かうなら、その先の旧跡地へ向かう手もあるか・・・」

それも手だなとC.C.は頷いた。
ペンドラゴンにはかつて神々の遺跡があった。
フレイヤで焼失してしまったが、あそこにはまだ力場が残っている。
コードを使えば、遺跡を、空間を開く事が出来るかもしれない。
スザクとジェレミアはギアスとコードに関する事、遺跡に関する事をゼロ・レクイエムの時にC.C.から聞き、ある程度は把握している為、成程と頷いた。
遺跡の中は神の空間。
距離も時間も関係なく、遺跡から遺跡への移動が可能・・・らしい。
空路と海路、そして国境が押さえられ、ブリタニアから出る事が不可能な今、追手には理解できない手段で国外へ移動できれば、追う事は不可能となるはずだ。

「運転は私がしよう」

手早く変装をしたC.C.は運転席にすわった。

「では、ジェレミア様、アーニャ様、お世話になりました。私達はこれで失礼いたします」

咲世子は一礼すると、助手席に座った。
車が走り去るのを見送った二人は、顔を見合わせた。

「では、掃除を始めなければな」
「うん、頑張る」

無駄に大きな屋敷だ。
気合いを入れて掛からなければと、二人は腕まくりをした。

全ての部屋に掃除機をかけ、指紋を消す勢いで拭き掃除をしていると、この場には不似合いなほど大きな飛行音が聞こえてきた。その音が何かは口にしなくても解る。だが、まさかそれを持ち出すとはなと、呆れてしまう。
スザク達が使用していた部屋を中心に念入りに掃除をしたし、洗濯機も今フル稼働している。掃除機に溜まったゴミはすでに焼却炉の中。持っていく事の出来なかったスザクの着替えなどは、ジェレミアの服と混ぜてタンスの奥に隠した。
聞きなれた轟音が上空で止まり、下降する。
複数の着陸音に動じることなく二人は掃除を続けていたが、とうとうチャイムが鳴った。

「アーニャ」
「道具片付ける。ジェレミアは?」

お互いに名を呼び、武器を持ったのか、逃走経路は確認したのかを伺うが、そんな心配は無用だと相手の態度で解り、互いに笑みを浮かべた。
立場は違えども、二人は歴戦の騎士だったのだから、その辺に抜かりはない。

おそらくは、穏便に済むことはないだろう。
アーニャはあの時シュナイゼル側にいたが、ジェレミアは悪逆皇帝側にいた。
いまはジェレミアの監視のためにアーニャはここにいる事になっている。
元ナイトオブラウンズ・ナイトオブシックスがいるからこそ、悪魔に使えた男、ジェレミアはこうしてろくな監視もなく自由に暮らせるのだ。
だが、元とはいえ世界を支配した悪魔、悪逆皇帝の忠臣だった事に代わりはない。
暗殺されかけたゼロが、なぜ敵の臣下の元にいるのか。
悪逆皇帝の臣下たちが集まり、アーニャを洗脳し、ゼロを保護という名目で監禁、自分たちの都合のいい人間を影武者として送り込んだ・・・と思う者もいるはずだ。
何より彼らがここに来たのは、元皇女殿下であるナナリーの命令。
いくらルルーシュが階級制度を消し去っても、その心と体に根付いた皇族への歪んだ忠誠心は消し去ることは出来ない。
ナナリー皇女殿下のためになら、彼らはなんでもするだろう。
この屋敷は徹底的に調べられ、ゼロの居場所を吐かせるために二人は連行され、拷問あるいは自白剤を使用される可能性が最も高い。
だが、簡単に拘束されるつもりはない。
三人が出ていってすぐに、簡単な荷造りは終えている。
相手の出方によっては、と身構えながら、ジェレミアは扉を開けた。

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